6日朝、いつものようにMacでメールなどをチェックしていた時にTwitterやFacebookで何人かがApple.comのURLをTweetしていたのを見て、「えっ?まさか!」と思い、Appleのサイトへ。するといつもはApple自慢の新製品がどーんと大きく一番美しく見えるデザインで表示されているトップページには少し前にCEOを退いたSteve Jobs氏の写真と1955-2011の文字。本来であれば前日発表されたiPhone4Sが誇らしく掲載されていたはずのその場所に、ジョブズ氏本人が見ることのない自分の写真が載っている。とても悲しい一日でした。


もう既に一般のニュース番組でも大きく取り上げられているので、今更わたしがSteve Jobs氏についてどんな人だとか書きませんが、わたしが最大限に尊敬するアメリカ人2人のうちのひとりです。わたしが見たTweetの中で印象的だったのをひとつ引用します。



「未来にある普通のもの」簡単そうでとても難しいですよね。単にものづくりだけでなく、サービスにせよ、生活にせよ、全てに通じることだと思います。ただ惰性でだらだらと日々過ぎていくのではなく、未来の普通を想像しながら今こうしていることが正解なのだろうか常に自問しながら物事に向かわなくてはいけないはずです。

尊敬する彼の早すぎる死によってまた多くのことを学んだ気がしますし色々と初心を思い起こすことができました。わたしとMacとの出会いをこの機会に書いておこうとおもいます。



まだわたしがシアトルで学生だった頃、友人の家で始めてモノクロディスプレイの一体型Macintosh SEというのを触らせてもらったのが最初でした。1987年頃だと思います。


....中学生の頃はけっこうパソコンとか電子ブロックとか好きだったので、数学の塾の先生のNEC PC-8001とかよく触らせてもらっていた。当時、プログラム専門の雑誌I/Oや、BASICマガジンなどを見ながらプログラムを丸写しして打ち込み、電卓でやればいいような事を面倒なことをわざわざしながらパソコンって凄って思っていました。高校生の森くんって言う人が凄くてよく雑誌にプログラムを投稿してて、それを見てそのまま入力していちいち感心してたりしました。その高校生の森くんと言うのがFLASHのActionScriptの本や、最近ではiPhoneアプリ開発の本を書かれている森 巧尚さんです。まさかその森さんと大人になってから仕事したりBBQ行ったり飲みに行ったりする事になるとは思ってもみなかったですがw。その後高校に進学しSHARP X-1という赤いシャー専用みたいなパソコンを買いました。当時はカセットテープに記録したんですよw。最初のうちはキーボードでマシン語を延々打ち込んでディスプレイに絵が表示されるのを楽しんでましたがだんだんとキーボード打つのも嫌になりその内にゲーム専用機と化していました。ザナドゥとか。

かなり横道に逸れました。
まぁそんな感じでパソコンというものがどんなものか(自分には手に負えないものという意味で)はだいたい知ってるつもりだったので、友人の家で見た、Macintosh SEは衝撃的でした。キーボードに一切触れずにマウスだけで図形を描いたりしてるのを見て感動しました。「これならわたしにも出来る気がする!」って直感的に思いました。
その後ずっといつかMacintoshを買うのを夢見て学校に通っていました。そして1989年のクリスマス頃にようやく手に入れたわたしの最初のMacが、Mac IIciです。買った時のスペックは、メモリ256kbが4枚スロットにささってて合計1MB。HDDが40MB。これでも凄い!っていうスペックだったんです。その頃はまだOSもSystem 6って言うもので日本語がそのままでは使えなかったので、英語のOSで日本語を無理やり使えるようにするSweet JAMというソフトを使ったりしていました。その後、大学の卒業制作とかする頃はメモリも1MBを8枚スロットにさして最大の8MBまで拡張し、Photoshop 1.0.7とかをインストールして試行錯誤しながらMacで描いた絵をプリプレス屋さんでカラー出力したり、モノクロのインクジェットプリンタでプリントアウトしたものに上からエアーブラシで色を塗ったりして、卒業用のポートフォリオ制作をしました。ようやくその頃アメリカでもDTPと言う言葉が広まりつつあった頃です。

1992年に帰国した時もIIciは一緒に連れて帰ってきました。System7でOSをアップデートしたり、漢字Talk7で日本語化したり。モデムを買ってパソコン通信に挑戦したり。会社に入社した時はまだ雑誌などに入稿する版下は、写植屋さんに紙焼き出してもらってカッターと糊で切ったり貼ったりして作ってたのですが、社長と一緒にT・ZoneとかにMacとillustratorを買いに行ったりして、手で作ってた版下もだんだんとMacでやるように移行したり。だんだん会社にもMacが増えて行ったり。その頃、ジョブズ氏がAppleを追われてだんだん低迷するようになるのですが....。

1997年ごろからインターネットに繋いで色々と遊ぶようになり、まもなくテレホーダイで夜中はつなぎ放題になり、その後会社を辞めてフリーランスでWebの仕事やDTPの仕事を始めるようになり、わたしの側には常にMacがあったのです。今この記事は最新のMac miniで書いていますし、外に出る時は最新のAirと一緒です。iPhone4はいつも肌身離さず持ち歩いていますし、初代iPadもアイデアをひねり出すには欠かせない道具です。CDのスロットがあるminiはメディアサーバーになっていますしその他iPod nanoやshuffleなど身の回りにはAppleばかりです。
そして今でも一番最初のシアトルで買ったIIciは長い間電源が入ることのないまま、本棚に飾ってあります。わたしが今、こういう仕事をしながら生活をしているのはこの最初のMacに出会ったからですから。

昨日はiPhone4Sの予約開始の日でした。わたしは昨年4を販売当日に購入できたので今回はスルーですが、ニュースなどでも多くの人が予約に並んだことが報じられました。考えてみると最近、予約してまで買おうと思った製品ってApple以外にあったらろうか?レアなLiveチケットくらいしか思い当たりません。それはきっと、Steve Jobsが戻ったAppleが未来にある普通のものを作り続けてきた結果なんじゃないかと思います。
尊敬するJobsさん、長い間お疲れさまでした。本当にありがとうございました。そして安らかに…。

長々と思い出話を書いてしまいました。最後まで読んでくださったあなた、貴重な時間をありがとうございました。m(__)m

わたしの友人もSteve Jobs氏についてブログ書かれています。よかったら合わせてこちらもどうぞ...

関連タグ:Mac Apple 

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このブログを書いている人

おかだよういち:

Designer + Photographer

兵庫県相生市在住。 1986〜1992年までシアトルに滞在。Northwest College of Artのビジュアルコミュニケーション科でアート・写真・デザインを学ぶ。その後東京のデジタルイメージ制作会社FOTONに入社。6年間の広告ビジュアル制作で修行し、現在は関西でWeb制作や撮影を中心にフリーランスで活動すること十数年。各地のセミナーイベントなどに頻繁に出没する。

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